自然栽培野菜の値付けについて。


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今回は、当農園の野菜につける「価格」について書いてみたいと思います。

結論を先に書くと、私自身の考えとしては、

「未来の日本、未来の人類の食の安全保障の問題、ひいてはそこから派生する貧困・飢餓や紛争等の暴力、人の健康や食料生産の持続可能性とも関連の深い環境問題、これらの地球規模の問題群を長期的に大局的に見て、化石燃料に頼らず、かつ低収量に甘んじない(現実に人類を養える)新しい農業のあり方を模索していくことが必要になる。

そのためには、それを実践しようとする農家や新規就農者の絶対数が増えて、現行の慣行農法のように様々な知見や情報が蓄積され、ある程度の体系化と再現性向上を図っていく必要がある。

そのためには、まずは数少ない実践者のひとりである自分自身が、しっかり日々の生計を立てつつ、経済的事情から離農せずに試行錯誤を続けていける、ということが大前提になる。

そのためには、うちで販売する自然栽培野菜の価格を低く抑えるのではなく、むしろ高く販売し、相対的に高い分は「未来への投資」と考えていただく必要がある。収入に余裕が出ることで、作物をじっくり観察して栽培管理を改善したり、仕事以外の生活の時間も確保して心身の健康に資することもできる。」

これが、私自身の現状出している結論になります。


オーガニック界隈では、有機栽培や自然栽培の野菜が高くては、それを買いたい人(健康志向だが裕福でない層)が買えないではないか、といった声が一部にあります。私自身も、一時期それがずっと心に引っかかっていました。

スーパーなどで売られている一般的な慣行栽培野菜よりも一周り・二周り高いオーガニック野菜を継続して購入することが困難な層が少なくないというのは紛れもない事実。ここ最近様々な食品・日用品の価格が上がってきた感がありますが、日本の経済はまだ総じてデフレを脱却していないと言われます。物やサービスが高くなっても、なかなか給料が上がらない状況です。それは、人口増加や購買意欲向上に下支えされた需要の増大によって自然と需給均衡で価格が上がるのではなく、その他の国際的マクロ要因によって値上がりしていることが大きな要因です。

もちろん、日本政府の経済政策の失策・無策も無関係ではないと考えています。

そこで話は戻りますが、こういった世界規模の大きな動き(新型コロナのパンデミックやウクライナ情勢など、日本からすれば不可抗力にも近い)や、主権者である日本国民全体の連帯責任とも言える国の失策等によって引き起こされたといっても過言ではないこの日本経済の状況は、農家に帰責できるようなものなのでしょうか。

話が飛躍しているように感じられるかもしれませんが、さきほど触れた、「自然栽培野菜が高くて買えないではないか」という論理は、言い換えれば、「個人的な懐事情で自然栽培野菜を買えないから、値段を下げろ」と言っているにも等しいということです。

まず基本的なこととして、自然栽培農家が販売する野菜を、スーパーで売られている一般的な野菜と同じくらいの値段で販売しなければならない、という法律もガイドラインも慣習も道理もありません。

農業が人間の命をつなぐ最重要の産業であることを挙げずとも、気候変動のなか自然を相手に農作物を単に生産するだけでなく、敢えてリスクを取って未来の日本と人類のために新しい農業を模索しようとする日本の農家たちにそのような考えを抱くような国であれば、次の言葉が示しているように、日本に未来はないと言えるのではないでしょうか。

「土地と農業とを忘れた文化が本質的に人間を幸福にする力があるかどうかは疑わしい。」

阿部次郎

私自身が上記のような新しい取り組みをする農家でもあるので、立場上言いづらいことでもありますが、日本や世界の未来を良くしていこうと考えれば、やはり私自身の考えとして積極的に伝えていかなければと思っています。


冒頭に書いたように、広く普及するためには実践例や情報が増える必要があります。

昔は車も家電も、非常に高価なもので、ごくごく少数の富裕者しか購入することはできませんでした。しかし、今どの家庭にも普及してメリットを享受できているのは、昔、始めに裕福な層がそれらを購入して、企業はその収入を元手にしてさらに研究開発を進め、生産性を向上したり無駄を省いたりしていった結果なのではないでしょうか。もちろん同業者も増えていきます。

仮に当時、それらの文明の利器を買えない大多数の人々が不公平だと叫んで、何かしらの反抗や運動をしていれば、もしかしたら今の時代、誰もそれらを享受していなかったかもしれません。

農作物とは言え、参考になる情報が蓄積し、必要のない失敗が避けられることで新規でも始めやすく、さらに生産性を上げられる再現性の高い方法が共有された結果、新規参入者も増えて、自然と価格は求めやすくなっていく、という点では同じ理屈です。

現状ただでさえ少ない、「持続可能性のある農業を模索しようという志のある農家」が、試行錯誤のなか収穫した現状少ない作物を「安売り」したとすれば、経済的に行き詰まって、その志ある農業さえも続けられなくなってしまうかもしれません。

だからこそ、日本の農業と食の安全は、長い目で大局的に見て判断しなければいけないと思います。


私自身、まだ就農4年めであり経験も決して豊かではありませんが、これまでの数年間でも、食べていただいた野菜を褒めてくださって、価格以上の価値を認めて下さるお客さんはたくさんいらっしゃいました。

「安い」価格ではなく、むしろ「高い」価格であることに安心感が得られるというお客さんもいらっしゃいました。直売所で売れ残りが毎日続いていたときに、値段を下げるのではなく、敢えて値段を上げた結果、売れ残りが出にくくなったという経験も何度かありました。

私が野菜に比較的高い値段を付けるのは、そのほうが売上が上がるからという単純な理由だけではなく、畑で無施肥無投薬で元気に育ってくれた野菜たちに対するリスペクトが根底にあります。自然の恵みとして、それだけの価値があると感じるからこそです。

それが、私が今のやり方を信じて、諦めずに突き進んでいる原動力になっています。

価格を上げることは、決して悪いことではありません。もちろん、だからと言ってオーガニック系農家は安売りしてはいけないと言っているのではありません。農家ごとに背景となる事情は様々であって、自身の生産した作物にどのような値段を付けるかは個々の農家がそれぞれ納得してやることです。ですので、上に書いたことはあくまでも個人的な見解であって、それと異なる考え方を否定するものではありません。私とは違う考え方も尊重しています。

直売所などでは、当然一定のルールはありますが、それぞれの農家が思い思いに自由に値付けをして、お互いの相対的な比較のうえではなく、各々が絶対的な軸をもって野菜の販売ができるような社会になればと願って、締めくくりたいと思います。


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